あ、もう録音してますか?
はい、ええと佐山(仮名)です。
高校2年生です。
あの、本当に、大した話じゃないんですけど。
私の友達の話です。
中学から一緒になった友達で、たまたま席が隣になった子。
話が合ってよく遊びに行くような仲になったんですけど。
その子、夏休み明けに会うと、絶対に怪我をしているんです。
最初、ギャクタイかと思ったんですけど、そうじゃなくて。
夏休み中、一緒に遊んでると派手に転んだりするんですよ。
休みの前半はそうでもないんですけどね。
盆明けぐらいから大変で。
足が炎症だかでひどく膿んだり。
夏から秋にかけてすごく病気がちになったり。
本人は明るくて全然、気にしてないんですけど。
それで去年、夏休みの課題を、その子の家で一緒に片付けていたんです。
その子の家のリビングで、数学か何かの問題を解いていました。
始めてから…一時間ぐらい経った頃でした。
課題に疲れて、ふと顔を机から上げたんです。
そうしたら、リビングから廊下に出るドアのすりガラスの向こうに、すーっと通り過ぎる人影があったんです。
「あれ、誰かご家族いるの?」
と聞きました。その日は家族いないって話だったので。
そうしたらその子、「いないよお」って。
「気にしないでね、いないのあれは」
「いるように扱うと、いることになっちゃうから」
正直、何のことか分かんなかったんですけど、家庭の事情かなーって、その時はあんまり突っ込んだことは聞きませんでした。だってほら、いない事になってる家族なんて、闇が深そうじゃないですか。
そのまま課題をこなしていって、日が暮れてきた頃、その子が言うんです。
「佐山ちゃん、何もいないからね」って。
何の事?ってその子の方見たら、手があるんです。
手が、手だけがどこかから現れて、その子の顔をべたべた触ってるんです。
悲鳴上げそうになりましたけど、その子に制されました。
その内、家全体の様子がおかしいのが分かりました。
妙にざわざわした音が聞こえたり、人通りは少ないのに外からずっと話声が聞こえたり。
「佐山ちゃんが来る前にねえ 水垢離したから 幾らかはましだと思うけど やっぱり夏はねえ」
って。その子は気にした風もなく課題を続けてました。
それから私が帰るまで、その手や、人影や、話し声はずっと止みませんでした。
耐えきれなくなって私が帰ろうとした時に、その子言いました。
「大丈夫、大丈夫だよ」
「いないなら、ないのと一緒でしょ?」
その子とは今も友達ですけど…家にはもう行っていません。
あの。
これ、この録音。
取材という事でしたけど。
「ある」ように扱わないでください。
ないように扱えば、ないのと一緒なんです。
それだけ、どうか。
あの。何もいませんから。
一応、今日は、水垢離してきたから、幾らかましだと思うんですけど。
[録音終了]