備忘録2
「おしえ」について
「おしえ」という単語は、目銅市周辺の心霊体験や怪談によく見られる。
私が目銅市にはじめに注目したのも、「おしえ」という単語が目についたからだ。
目銅市に限らず、市境を接するいくつかの自治体にもこの「おしえ」を含む話が点在している。
ただしそれが指すものは様々だ。呪いのようなものとする話もあれば、恵みとする話もある。不可視不可触の話、実体がある話。祖母から聞いたという話、学校で噂になったという話。矛盾したような種々の話が「おしえ」という単語のもとに集っている。
共通しているのは「もらってくるもの」だということだ。
病のように、どこかで「もらって」きて、誰かに接触すれば少しだけその誰かに「おしえ」が分け与えられる。
例として、こういう話がある。
*
ある日、Aさんは目銅市に住む友人のBさん宅を訪ねた。
Bさんが心霊現象に悩まされているというので、相談と、半分は見物気分で伺った。
Bさん曰く、主に三つの事に悩まされている。
・誰もいないのに足音が聞こえる。
・足が突然に膿む。原因不明。
・「今度死ぬ」という声が、自分のいない部屋から聞こえてくる。
心霊スポットに行くなどしていないのに、とBさんは随分参っていた。
Aさんも、気の毒になって色々聞いていたところ、夕食の時間になったのでBさんが振る舞ってくれることになった。
肉じゃがやサラダなど、取り立てて変わった所のないものが並ぶなか、Bさんのそばに見慣れない料理が乗った小皿が置かれた。
いや、料理と言っていいのだろうか。泥のようなものがスプーン一匙ほどの量、無造作に盛りつけられている。
「あの、それって?」
Aさんは反射的に尋ねていた。食卓の空気にあまりにも不釣り合いだったのだ。
心なしか、悪臭さえ漂う。
Bさんは何という事もなく、「ああ、おしえだよ」と答えた。
「あ、市外の人はあんまり知らないか。これ、お母さんにもらったんだけどね、地元の食べ物だよ」
「おいしいの?」
「全然。でも、早めに食べちゃわないと、よくないことが起きるから」
気にした風もなく食べるBさん。何となく、その様子が異様に見えて、Aさんは思わず話題を逸らした。
「心霊現象って、いつ頃から?」
「二カ月前だから…おしえをもらったあたりかな」
絶対にその「おしえ」とやらが悪さしているじゃないか、と思ったが、やはり口に出せない。「おしえ」という名前も、その有様も気味が悪くて、その話もしたくないのだ。
Bさんが「おしえ」と心霊現象の連関を考えていないのも不気味だ。
結局、心霊現象の相談はそこそこに、「お祓いに行きなよ」なんて当たり障りのない事を言って切り上げた。
帰路でコンビニ弁当を購入し、自宅で食べる。
今日の事がどうも気になってそわそわする。弁当を口に運びながら心は落ち着かない。
ふと、机の端を見る。
小皿がある。自宅に以前からある小皿だ。おしえがいっぱいに盛り付けられている。
Aさんは次に、自分の弁当に視線をやる。弁当におしえが塗りたくられている。
鏡を確認してみる。口の周りにべったりとおしえがこびりついている。
気持ち悪くて仕方がなかった。恐ろしくて、それでもなぜかAさんはおしえを一心不乱に口に運んだ。何故かはわからなかった。「今度死ぬ」という誰かの声がどこかの通りで響いた気がした。
インタビュー書き起こし(S.Tさん)
あ、もう録音してますか?
はい、ええと佐山(仮名)です。
高校2年生です。
あの、本当に、大した話じゃないんですけど。
私の友達の話です。
中学から一緒になった友達で、たまたま席が隣になった子。
話が合ってよく遊びに行くような仲になったんですけど。
その子、夏休み明けに会うと、絶対に怪我をしているんです。
最初、ギャクタイかと思ったんですけど、そうじゃなくて。
夏休み中、一緒に遊んでると派手に転んだりするんですよ。
休みの前半はそうでもないんですけどね。
盆明けぐらいから大変で。
足が炎症だかでひどく膿んだり。
夏から秋にかけてすごく病気がちになったり。
本人は明るくて全然、気にしてないんですけど。
それで去年、夏休みの課題を、その子の家で一緒に片付けていたんです。
その子の家のリビングで、数学か何かの問題を解いていました。
始めてから…一時間ぐらい経った頃でした。
課題に疲れて、ふと顔を机から上げたんです。
そうしたら、リビングから廊下に出るドアのすりガラスの向こうに、すーっと通り過ぎる人影があったんです。
「あれ、誰かご家族いるの?」
と聞きました。その日は家族いないって話だったので。
そうしたらその子、「いないよお」って。
「気にしないでね、いないのあれは」
「いるように扱うと、いることになっちゃうから」
正直、何のことか分かんなかったんですけど、家庭の事情かなーって、その時はあんまり突っ込んだことは聞きませんでした。だってほら、いない事になってる家族なんて、闇が深そうじゃないですか。
そのまま課題をこなしていって、日が暮れてきた頃、その子が言うんです。
「佐山ちゃん、何もいないからね」って。
何の事?ってその子の方見たら、手があるんです。
手が、手だけがどこかから現れて、その子の顔をべたべた触ってるんです。
悲鳴上げそうになりましたけど、その子に制されました。
その内、家全体の様子がおかしいのが分かりました。
妙にざわざわした音が聞こえたり、人通りは少ないのに外からずっと話声が聞こえたり。
「佐山ちゃんが来る前にねえ 水垢離したから 幾らかはましだと思うけど やっぱり夏はねえ」
って。その子は気にした風もなく課題を続けてました。
それから私が帰るまで、その手や、人影や、話し声はずっと止みませんでした。
耐えきれなくなって私が帰ろうとした時に、その子言いました。
「大丈夫、大丈夫だよ」
「いないなら、ないのと一緒でしょ?」
その子とは今も友達ですけど…家にはもう行っていません。
あの。
これ、この録音。
取材という事でしたけど。
「ある」ように扱わないでください。
ないように扱えば、ないのと一緒なんです。
それだけ、どうか。
あの。何もいませんから。
一応、今日は、水垢離してきたから、幾らかましだと思うんですけど。
[録音終了]
備忘録1
目銅家について
目銅家は江戸時代中期、銅鉱山事業で財を成した商家が源流であり、特に明治期から戦中にかけて目覚ましい発展を遂げた一族である。
造船から鉄鋼、不動産まで手広く手掛け、政財界に強い影響力を持っていたが、戦中の空襲で工場や家財の多くが焼かれ、次第に一族全体の羽振りは悪くなっていった。
旧銅鉱山跡の近くに本家を構えるが、今では最早管理する人間すらおらず、野に帰るに任せている。とはいえ、地域では未だに強い影響力を持ち、先日変死した前市長は目銅の親類縁者と言う話だ。
目銅が本拠を構える目銅市は、海に面し、後背を山に囲まれた、言ってみれば鎌倉のような土地である。人口10万4千人の地方都市で、夏にもなれば海水浴目当ての観光客がやってくる程度の、特筆すべきこともない土地だ。
かつては「道の石ころ一つまで目銅が手掛けた」と言われるほどであったが、今や見る影もない。
目銅家の創始者
目銅家の創始者、銅鉱山で財を成した男の名前は長兵衛という。
銅鉱山を拓くまでは中藤という姓を私称していたが、事業の成功と共に、目銅と名乗るようになったとのことである。長兵衛に関しては目銅市史に詳しい。
精力的に活動したが短命で、四十を迎える前に病没した記録が残っている。
事業に関する記録に名前は残るが、人柄や来歴について伝わることは少なく、外見も「見目麗しい」「とりたてて見るところのない」などと矛盾した記述がいくつかの日記から確認できる。
目銅家が現在経営する会社の一覧
・目銅電機工事
・MOKUDO SOFTWARE(旧称・目銅コンピュータ)
・目銅設備
・目銅メディカルケアセンター
・目銅不動産グループ
・目銅鉄鋼
・目銅貿易
目銅家は明らかに斜陽へ傾く家ではあるが、
事業の何もかもが破綻・衰退しているわけではなく、
今なお地域社会に強い影響を持つ一族である。
目銅鉄鋼について覚書
目銅家を繁栄させた銅鉱山事業から撤退して久しいが、後継である目銅鉄鋼は
現在も存続している。目銅家経営企業の中で最も安定していると言っていいだろう。
しかし前社長と前々社長の変死事件の頃から、社内は明らかにおかしいそうだ。
たまたま伝手があった私は、元従業員の男に接触して、世間話を装っていくらか情報を探った。
はじめは大層言葉を濁されたが、「ぼうっとする社員が増えた」と答えてくれた。
曰く、作業中に急に手を止め、何もない宙を眺めるのだそうだ。大抵、数秒から一分程度続き、はっとして作業に戻る。大したことはないように聞こえるが、現場では作業中の事故にもつながっており、死者も出ている。
目銅鉄鋼で彼は一度、「何を眺めているのか」を、ぼうっとしている従業員に聞いたことがあるらしい。その際、一言「おしえ」とだけ言われたという。
はじめに
さて、私の連絡が途絶えてしばらく経ったら、
このブログに指定のテキストを投稿するように頼んでいる。
ここで人目に触れているという事は、私に相応の事が起こったのだろう。
まずはじめに、私の名前は宇保亮太。
目銅の屋敷について調査している。
これを書いている現在は2022年末、世界は疫病の只中である。
目銅の屋敷について、調査した事実が散逸しないよう、
人に頼んでこうしてブログとして発表しようと思い立ったわけだ。
ババさん、協力ありがとう。
他の記事で、調査結果や備忘録を投稿していく。
私に何事もなく、この記事が公開されないことを願っているが…
その時はババさんに引き継ぎます。
よろしく。
■追記
ババです。一年以上も宇保さんの消息が分からないため、
彼の指示通りに記事を公開します。
目銅を調べる他の方の為になれば幸いです。